ゆめのまたゆめ 大 和 類 子
いつやらに花明り失せまみどりの闇の中なり何を探して
現し世の青葉かげりを往くひとら目鼻が見えぬ手足が見えぬ もう誰もかれもが消えてゆきたりし真夜の月光冴ゆるといへど
履きもの 八乙女 由 朗
取り残しし胡瓜が巨き図体を吊りて静けく畑中に見ゆ 雨続き百日紅の咲かぬ年はかどらぬ年年行かぬ年 跡目継ぐ者いまだ無く寺の仕事際の際まで肩に重たし
細道行脚 本 木 定 子
「あらたふと青葉若葉」の芭蕉の句五、六度推敲なししときけり 医王寺の乙女椿の開かずに散りしを拾うかなしき色を 憚りの関と呼ばれし山の間国道はしり車は止まず
夢の切れはし 林 順 一
老猫はいかな夢みむ眠りつつ身をふるはせてひと声さけぶ 公園の傍へに棲める生命にすら礫うたるる無情のありて 鎧ふべきものなどなけれわが魂よ群れて生くべしゆふやけこやけ
大墟古鎮 原 田 夏 子
まぼろしかうつつかわかず千年経る古き家並は小春日の中 千年の歴史の町に見かくるは幼児、老い人、石ころの道 うつつなる陽の照らすとも翳るとも変らであらむ町に別るる
終戦前後 西 村 真 一
如月が春のバトンをタッチして弥生の空は晴れて明かるし 如月の十四日陽差し柔らかく弟の十七回忌無事に了へたり また一人同期の友がみまかりぬわが細道もやがて果つらむ
思い出の色 塔 原 武 夫
パソコンもケイタイも使いこなすなく七十九歳言葉枯れゆく 説明をいくたびも読みつくりゆく冷し中華ぞひとりの昼餉 敗戦の詔勅暑き日の下に聴きおりし視野は白光となり
夏 闇 丹 治 久 惠
ひとところ歩道の浅黄を踏みて過ぐ振り向き仰ぐ葉隠れの花 志とはいかなるこころ嘗ての日ありしやうななかりしやうな おまへにすればたましひ絞る声なるかくらぐらと浅蜊が夜を息する
白 地 図 高 橋 一 子
階段の 前 より上に弾け飛ぶ風船玉のやうな児ポニョへ衝立の向かう端より上りゆく動く階段ああ星の夜半 一瞬の真青なる 水 うそのやう遠さかりゆくわれといふもの
蛍とぶ頃 鈴 木 昱 子
蒸し暑く吹くとしもなく過ぐる風網戸通りて湿りを運ぶ 庭の薔薇三十年を経しならむ新鞘つつむ終日の霧 葦原をわたるさやけき風を聞く雨にこもりし日々を忘れて
十 日 間 佐 藤 淑 子
子の家族ハノイの暮らしに馴染むらし写真を添へて吾をいざなふ バーチャルの世界に暫く遊ぶごとパソコン介して航空券を買ふ 気が付けば労られゐし十日間嫁との距離の近くなりたり
オクラホマへ 小 松 久仁子
いきなりの激しき雷鳴に雲奔りたちまち明かる此処はオクラホマ 草叢に見え隠れせる錆びたる鉄路 建国の歴史語るがごとし 湿度なきこの国の落暉さくらいろひたくれなゐの日本とたがふ
凸 凹 熊 谷 淑 子
いましがた 木末陰 れの葉が生れてかすかに風にふるえておりぬ容赦なく傷にふれゆく言葉なり打ち消しながら笑顔を返す 傘をさす空間さえも遠ざけてヒトはこの先何年もつか
漓 江 菊 地 栄 子
さりげなく異国人なる顔はずす朝の公園ダンスたけなわ 大河に対いて女ら物洗う廃れゆくもの少数となり ニィハオ 誰か囁く裏町の夕暮れやさし涙ぐむまで
魂 も 鬼 菊 池 映 一
〈薔薇 おお 純粋な矛盾 よろこびよ〉墓碑銘の罪 棘もつ花 書痴という語彙おもしろし書のみ読む痴れ者書を読まぬ痴れ者 殊更に宇宙葬など在りもせず地球すなわち宇宙葬なれ
硫黄のかをり 菅 野 哲 子
口許のゆるびをかたく閉ぢ申す告別の朝 蝉時雨降る 免許証返上せぬまま七まがり八まがり山坂日夜通ひぬ 雑炊をすすりしわれら喝采を〈ふじやまのとびうを〉燦とありたり
DNA史学 桂 重 俊
大学のオープンキャンパス古は市民のための公開だった DNA公開実験見せ居るは遺伝子操作による蠅の同性愛 DNA史学なるもの現れて天智天武の非兄弟説は?
ローソクの炎 岡 田 典 子
仏壇のお水をかえて今朝もまた今日という日の幕開けとなる いつまでもこの平安を欲したし卵こつんと朝食に割る 曇り空続くもやはり夏は夏ひかえめに鳴く蝉の声する
白 雨 伍 井 さ よ
遠花火咲きつぐ厨の窓の辺にわれは真白な皿洗ひ居り 銀河系星にあそびて亡きひとを追へば異郷の遊子かなしき 秋草の花透きとほり衰へてすすき枯れ原にしろがね鎮む
からたちの花 有 路 八千代
からたちの花白々と咲ける道老いて歩めりいつかきた道 歩く事老のさだめと思ひなばいざ靴をはくころばぬように 下降する飛機の小窓にあざやかに赤き屋根みゆ子らが住む家