平成21年7月1日起首 7月28日満尾
於 松島かんぽの宿

賦 白 何 連 歌 百 韻

   秋 穂薄や間にひらく澪標 遠藤幸子
   秋 漕ぎゆく船に秋の浮雲 西村真一
   月 十六夜の木立の影を踏みゆきて 熊谷淑子
   秋 足元ちかく揺るる葛の葉 桜井千恵子
   雑 電線に止まれる鳩が啼きはじめ 八乙女由朗
   雑 奉仕作業の終り見えつる 本木定子
   雑 消しごむを探しあぐねて日記おく 伍井さよ
   雑 庵の昼を茶を啜りゐつ 岡田典子

ウ  雑 いちはやくまつりごと捨つることもあり 桂 重俊
   雑 あるかなき風肌身を包む 菅野哲子
   冬旅 小雪降り蘇りくる甲斐の国 小松久仁子
   冬旅 明日はいづこぞ着ぶくれをして 菊地栄子
   花 たんぽぽの花を探すとひとに告げ 塔原武夫
   春 山焼く煙のにほふ畦みち 鈴木昱子
   春 まどろみを裂きし春雷遠くなる 丹治久惠
   夏 野茨白き坂を登りぬ 佐藤とし子
   夏 端居して眺むともなき空のいろ 原田夏子
   秋 邯鄲の和す琴の音きこゆ 菊池映一
   月 月代のほのかなあかり背せなにあび 大和類子
   秋 埴の徳利に新酒あたたむ 昱子
   述懐 文机に飾りおきたし子の写真 伊藤善雄
   述懐 手に盛るほどの幸せならむ 定子

二オ 冬 黒豆の香のただよひに年を越す さよ
   冬 ほだの明りに集ふわらべら 典子
   述懐 なにとなく戦後のくらしもなつかしく 真一
   述懐 独り棲ひのふえゆくころか 哲子
   春 道端の植込のうへに蝶がとぶ 淑子
   春 そぞろに歩むひひなの市を 夏子
   春 少しづづ日永うれしき夕仕事 栄子
   恋 肩ふれあへることにもふるへ 久惠
   恋 一言を話すことさへもどかしく 重俊
   恋 木蔭に待てるをみな引き寄す とし子
   恋 今はただ寝物語のめんめんと 類子
   秋 新涼の身の影ほそうして 夏子
   月 条なせるひかりをかへす海の月 久惠
   秋 霧にかくれてみえぬあららぎ 久仁子

二ウ 神祇 信仰の心目覚めて老いにけり 有路八千代
   神祇 もがりの森にさまよひ入りぬ さよ
   述懐 せせらぎによみがへりこむかの訣れ 久惠
   述懐 ゆらげる影を見せてはならず 昱子
   旅 新しき鞄たづさへ外つ国に とし子
   旅 しきみづうみ旅の途次なり 類子
   恋 いちまいの役者絵恋し男振り さよ
   恋 独り寝に憂き宇治の川音 夏子
   恋 幸せをうなづき合ひて共に笑む 八千代
   春月 催馬楽さいばらうたひて春の満月 重俊
   花 花蘇芳うちぎの絹の染の色 類子
   春 ひんひやうひよつと駒鳥たちは 夏子
   釈教 精神を集中させて坐禅する 淑子
   釈教 墓地に明るき声ひびきたり 栄子

三オ 雑 胆だめし竹刀に打たれこぶ作る 重俊
   秋 野分の原をゆく人のせな 久惠
   月 学舎の跡に月かげ淡く差し 昱子
   秋 灯火親しむ古書新書など 栄子
   恋 思ふのみかくかなしとはしらざりき 久仁子
   恋 まじまじとありふかき瞳は 哲子
   恋 抽出しの匂袋に話しかけ 昱子
   恋 曽根崎心中まぶたにあつし さよ
   恋 手をつなぎ歩いてみたし草の道 栄子
   夏 帽子まぶかに夏の陽さけて 八千代
   雑 からころと日和の下駄の音たかし 夏子
   秋 更地となりて秋風わたる とし子
   秋 すすき原一日歩みし若かりき 重俊
   秋 絣の浴衣しまひしままに 哲子
   釈教 集ひきて万灯供養ゆふくるる 類子

三ウ 釈教 うつしゑ替へて忌の近づきぬ とし子
   雑 衿元をととのへて出づこころ和ぎ 久仁子
   雑 昼餉をさそふそば屋のかをり 淑子
   神祇 大社より下向の群れの足かろし 夏子
   神祇 巫女しづしづの立居ふるまひ 典子
   花 髪に挿す花のかんざしこきざみに 久惠
   春 芽生えそめにし蕗の薹つむ 八千代
   春 学卒へぬ仰げば尊しうたはずに 重俊
   恋 逢瀬のための便りを書きぬ 淑子
   恋 頬そめてからめる指の先までも 典子
   恋 すゑつむはなとなりて待ちわぶ 久惠
   夏月 月涼しくちなし白き瓶にさす 哲子
   夏 何をゆめみる通し鴨二羽 類子

名オ 旅 履物の慣れしをたしかめ手入する 淑子
   旅 一喜一憂あすの旅ぞら さよ
   旅 はるかなる街の灯りよ子らが家 八千代
   釈教 尼僧しづかに経誦し始む 昱子
   釈教 白鳳の半跏思惟像出でまさぬ 夏子
   雑 前をよぎれる影のすばやし 哲子
   述懐 ふりむけば優しかりにし友は亡く 類子
   述懐 重たきものを背負ふわれかも 久仁子
   月 月の為す闇に憧れただに待つ とし子
   秋 枝豆ゆがきつまみとせむか 淑子
   秋 干柿のひとつらつづく庇なる さよ
   雑 乗る人のなき回転木馬 久惠
   雑 絶交といひたき言葉のみこみて 栄子
   雑 紅殻格子開けて入りぬ 類子

名ウ 冬 凩に池のさざ波向きを変へ 昱子
   冬 笹鳴きのこゑとどく辺りに 哲子
   神祇 安産の願ひに護符をいただきぬ とし子
   春 田楽焼きの輪の賑はひて さよ
   春 雪解けに嵩を増したる流れあり 典子
   春 種蒔き終へし家庭菜園 久仁子
   花 花ふぶき総身に浴びて変若かへる 昱子
   雑 百年ももとせを経て翩翻と風 重俊

幸子 一 さよ 八 武夫 一 類子 八 真一 一 典子 五 昱子 八
善雄 一 淑子 七 重俊 七 久惠 八 八千代 六 千恵子 一 哲子 七
とし子 七 由朗 一 久仁子 六 夏子 八 定子 二 栄子 六 映一 一


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〈一首評〉
『榠樝の実』かりんのみ 大和類子歌集


 ほとと落つむくげの花は悔恨の闇に小旗を振るわれがゐる

 作者の第四歌集である『榠樝の実』に、私は大変惹きつけられた。この歌集の底流にあるのは、あの国破れて終った昭和の戦争への消すことのできない思いである。私は作者と殆ど同時代を生き、そして生きながらえて今日まで来たので、私自身をも重ねて作者の深い嘆きに一入共感と感銘を覚える多くの歌を、この歌集に見出した。
 掲出の歌は、戦争中出征兵士の見送りに、小さな日の丸の旗を手作りにしたりして振りながら、武運を祈って送り出したものの、その甲斐もなく、兵士たちは大陸に、島々に実に悲惨極まる無念の死を遂げた。戦後もずっと経ってから、やっとその実状が明らかにされてみると、私たちは小旗を振っては兵士たちを逃れようのない死地に追いやった結果になっていたのだ。悔いても悔いても、心は闇にとざされたまま。朝ひらき夜はしぼんで落るはかないむくげの白い花は、この一首の中できわめて適切有効な隠喩になっている。他に
 未だ視る白昼夢なりわらわらと炎ゆるは歳月わが小学校 など。

(原田 夏子)


『菅野哲子全歌集』


 北上の流れに添ひて歩みゐる吾ありてわれのとき刻みをり

 重量感のあるこの歌集は、菅野さんのはたちの頃から六十年にわたる年月の心の記録であり、全体が年代順に四つに分けられている。これは、その序章となる二十代から三十代半ばまでの作品を収めた「知りそめし」の始めの方に置かれた一首である。「疾くゆけよ疾くゆけわれの闘病のはたちといへる年をかなしむ」と、婚約もきまりこれからという時に、病いに襲われ、ひとを失い、その二重のかなしみを乗り越えて、ひとり生きてゆこうと立ち上がる。その前向きの強い意志を内にこめ、自己を冷静に客観視して、ゆったりとした北上川の流れに歩調を合わせながら、人生という自分の持つ時間の流れの至らむとする方向を見据えている。「知りそめし」の歌の数々は、悲しみが力となって人は自らを確かなものにしていくことを、しみじみと実感させてくれる。
 全歌集を一つの大河に例えるならば、この、自分に言い聞かせているような力強い一首は、源流に湧く泉のように思われる。

(鈴木 昱子)


『風光る』 熊谷淑子歌集


 沙羅の花咲いては落ちる夕まぐれ此岸にひとり佇んでいる

 この一首の少し前に「真っ白いからからの骨拾う壺にちょうどの妹となり」といううたがあって、妹さんが亡くなられたあとの作品であろう。肉親の死と出逢うことは堪えがたいことと思うが、まして自分より年の若い妹の死は不当なことである。で抄出の一首は淋しいとも悲しいとも言っていない。そして夕ぐれをこの世にひとり佇んでいると言っているだけである。が彼岸にいってしまった妹への思ひを秘め、沙羅の花のはかなさに作者の心情がよく出ていて、この一首からは悲しみが溢れ出ている。その悲しみは肉親の情だけではなく、悲哀というものが抽象化されている。
 アドレスの「削除します」のキイを押すコトリ音たて消えてしまへり
 拾いたる楢の実ひとつ手のなかで宇宙の哀しみ囁いている
 この二首も現実のかなしみがうまく作品化されていて巧みな表現である。前出の一首を補完する作品のように思う。

(大和 類子)




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前回以後の会の歩みは次の通りである。

歌話会の歩み
2008年 8月24日 本木定子「香川進について」
  9月28日 歌会
  10月26日 北杜歌人XVII号合評会
  11月23日 歌会
  12月4日 総会、懇親会、於「銀禅」
2009年

1月25日

歌会
  2月22日

大和類子歌集『榠樝の実』合評会

  3月22日 歌会
  4月26日 菅野哲子「わが歌の師葛原妙子について」
  5月24日 歌会
  6月28日 菊池映一「自然と文学」
  7月27日~28日 一泊連歌歌会 於「松島かんぽの宿」
  8月23日 歌会


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