う れ ひ 丹 治 久 惠
賽の目に空を劃するガラスのビル映し続ける青おもからむ
アジュールの名をもつビルの湛ふる 藍 不意なりしかな海鳴りの音しぶきうけ磯にくぐまりゐるひとり老女と見えし海を記憶す
炎暑に耐へて 鈴 木 昱 子
大空を占むる水いろ葉のみどり夏越の祓を今年も終へて 三十五度の気温といへどわが丘の水道水はあはれ冷たし さやさやと棕櫚に白雨の過ぐるころわづかに浄化の風は吹き来ぬ
人間と死神と 原 田 夏 子
あと僅かと病者の命に寄り添へど当ての外るる多き死神 死神は病者の枕辺不覚にも居眠り中に 床 は回され死神の取り付く島もなきままに人の命の延びゆく果は
枇杷の実 林 順 一
病める身をひとりしづかに終りたる友がこころを計りかねゐて 羨まるる出自にあれどいつしかにたつきも知らずになりにけるかも 渋き茶をすすりてのこる口中のこのたしかさを我たよるべし
末 摘 花 本 木 定 子
齢重ねし末摘花は春来ると作業衣を出しほころびを縫う ゆく春やコーヒーを喫み別れたりもの忘れ一つある心地して 枯草の物語も三人になりました電話かけあいはげましてます
盆 棚 八乙女 由 朗
酷暑続きかわたれどきを草刈れる人ありて機音が田の縁歩む われもまた盆近ければ涼しかる朝明けの時に草を薙ぐなり 朝露のみどり葉揺らしわたりゆく今年生まれの 雨蛙 二つ三つ
在りし日 大 和 類 子
けさのゆめ上り下りて遊びにし坂の柳のみどりが濃くて その昔歌舞伎役者の母なりしそのひとわれを慈しみくるる 在りし日はまぼろしならずあの町をあのひとびとを捜す真夜中
外灯の色 有 路 八千代
生きてゐる事のみ知らす賀状なりそれでいいのだ密かなる愛 うすれゆく記憶哀しく佇つ庭に赤き花の名遂に浮かばず 老いつつも旅あり歌にすがりつつこのたまものを心にきざむ
無 月 伍 井 さ よ
白萩の輪をくぐりゆくいづくへと運ばるる間も花に遊びて 羽黒山は全山赤し彼岸花ひしひしと咲きひしひしと 炎 ゆあすの米みづに浸せる夜更けにて 厨 のまどに深き無月は
生をかみしむ 岡 田 典 子
人という二画の文字が動きだす開脚したり前屈したり 亡弟と互いの長生き約束の夢よりさめてしたたかに泣く 溜め息とやすらぎ乗せた仙山線十一月のレールが光る
愚者の楽園 桂 重 俊
沖縄はかつて独立国なりし守礼の門に古えしのぶ 奇妙なる日本語のあり「蝕まれ予算」のことを「思いやり予算」と 入市被爆は原爆症にあらずとうかかるルールの何時までありし
Euroユーロとは 菅 野 哲 子
ソクラテスギリシャの貨幣金融の恐慌の余波日本におよぶ パルテノン神殿古代ギリシャより放たれし矢かユーロざわめく 髙齢化少子化対策遠足の子供らの背なみどりゆれゐる
饒 舌 菅 野 美 子
古戦場を見下ろす茶店に聞き流す平家贔屓の男の饒舌 もう少し生きてもみんか悪妻は運気上昇とだれかささやく うろこ雲こぼれそうな浜のあさ釣り人寡黙に岩場埋めゆく
植 物 園 菊 池 映 一
座して待つ犬がやにわに歩みそむ信号青に変りたるとき 相共にマスクせるまま眼に笑みて乗りし電車の席をゆずらる 罪なるはおおむね断ちて堅信の秘蹟のごとき高齢到る
猫の流儀 菊 地 栄 子
コンクリートに降れる 雨水 をただに飲む悲しみなどは猫に届かず野の花の群れ咲くそばに横たうは老いたる猫と 誰 が思いしや降る雨の戸外に生きの姿消す獣は悲し死地を定めて
ふたつの明り 熊 谷 淑 子
改札を出でたる辺り青年のかかえた荷より油彩がにおう 入選の知らせありやと百年の風を待ちいる上野の桜 スーパーの跡地に据えた自販機がふたつ並びて明りを灯す
ケイタイ夜話 小 松 久仁子
今何の花が咲いてる貴女の庭に「百合となでしこ」友の声弾む 星が散らばつてゐる夕の道細くなりたり月まで細し おほよそは夫への携帯電話なり「帰りのバス今乗りマース」
夏 の 朝 佐 藤 淑 子
明け方のはかなき夢の続きかな遠ざかりゆく杜鵑のこゑ ひぐらしの声に始まる夏の朝東の窓はほのか白みぬ パソコンに野鳥の囀り聞きながら易く過ぎゆく独りの午後は