平成22年6月26日起首 6月27日満尾
於 松島かんぽの宿

 賦 何 人ふすなにびと  連 歌 百 韻

   夏 松島や涼風のなか船はゆく 有路八千代
   夏 何処をめざす梅雨明けの空 桂 重俊
   夏 青にほふ赤茄子の芽を掻き取りて 菊地栄子
   雑 峠の坂をけもの去りたり 八乙女由朗
   月 満月に届けとばかり笛を吹く 丹治久惠
   秋 濁り酒汲むうるしの椀に 有路八千代
   秋 霧ふかき里に根づきしものがたり 鈴木c子
   雑 相撲甚句を友より習ふ 林 順一

ウ  雑 益子焼皿に画かれし鯛踊る 大和類子
   雑 ゆくもゆかぬもあかるき浜辺 菅野哲子
   述懐 累累と罪をかさねて来しなれど 由朗
   述懐 平らなる世ぞあらまほしかる 原田夏子
   冬花 さざんくわの花びら散りてゆく小路 久惠
   冬 朝のしじまに冴ゆる風音 菅野美子
   冬 団欒はみかんのかごに集りて 類子
   旅 はじめての旅神田歌会 重俊
   春旅 吉野行西行庵にさくら咲き 由朗
   春月 おぼろの月を窓に眺むる 順一
   春恋 結び文春の袂にそつと入れ 夏子
   春恋 君により添ふ若芝の上 八千代
   雑 能楽堂軒にしばしの雨やどり 美子
   述懐 封印ひとつほどかむとせり 久惠

二オ 述懐 大空に羽ばたくものに言告げむ c子
   雑 後継ぎのなきたなを閉ぢたり 夏子
   神祇 舞ひをはる金色の鈴振りかざし 栄子
   春 曲水の宴酣にして 重俊
   春 磯あそび小蟹のあまた息を吸ふ 哲子
   春 餅草摘みて野を渡りつつ 由朗
   雑 明日は晴予報を頼み準備する 重俊
   夏 旱つづきを嘆くこゑごゑ 夏子
   夏月 行水のたらひにゆるる昼の月 美子
   雑 評判高き暖簾をくぐる 八千代
   述懐 口数の少なきことも親に似て 順一
   述懐 心おきなく片付けをせむ 栄子
   恋 初恋のひとの横顔くきやかに 哲子
   恋 逢瀬なりせばおのづともゆら 久惠

二ウ 恋 幾山河こえて燃えとぶ鳥あらば 伍井さよ
   恋 指切りせしを忘れしならむ 本木定子
   雑 歳時記にやまとことばの美しく 佐藤淑子
   雑 茜になびく雲を見てゐる c子
   雑 遠くより聞こえてくるはわらべうた 類子
   雑 住みつきてはや三十五年 栄子
   旅 連なりてらくだは丘をのぼりゆく 八千代
   釈教 僧の首すぢ白くさゆるも さよ
   冬 咲き揃ひ庭をにぎはすきいの石蕗 定子
   冬 独りの卓は湯気立つ雑炊 淑子
   月 月影を背に負ひかへる陋屋へ 類子
   秋 川面の映すひとむら芒 美子
   秋花 花火師に笑みの浮かべり宵の口 c子
   秋 虫の音絶えし刈田の道を 順一

三オ 冬 去年今年こぞことしくるまの流れゆるやかに 哲子
   雑 紅緒の草履捨てがたくをり さよ
   春 学び舎の風鞦韆をあそばせて 定子
   春 ひばりの声のはたと止みたり c子
   春 実朝の歌集をひらく春の縁 淑子
   秋 肩に落ちたりまろき木の実は 久惠
   秋旅 熊野岳もみぢながめて辿りしか 重俊
   月 十六夜の月あまねく照らす 哲子
   釈教 亡き姉と共に誦したる般若経 類子
   釈教 譲り受けたし古き仏画を 夏子
   旅 伊豆の宿決まり出発するばかり 栄子
   雑 こけしきぼこの子を消す由来 久惠
   冬恋 角巻に顔をかくせる出逢茶屋 順一
   冬恋 ちり鍋かこみその後のふたり 類子

三ウ 神祇 頭垂れ祝詞を聞きぬ地鎮祭 淑子
   春 そよぐ葉裏に山繭ねむり c子
   花 押し花の栞を求め帰りきぬ さよ
   春旅 の文字なぞる雄島うららに 美子
   雑 漢文の日誌読まむと宸記く 重俊
   雑 町の世話役見廻りにくる 夏子
   夏 蚊やり火の杉の小枝を折りくべて 順一
   夏 単衣の袖に香を忍ばせ 久惠
   恋 会ひあふは夢のまたゆめ胸のうち 類子
   恋 に届きしや否やを知らず 重俊
   恋 白き手に琴をかなづる想夫恋 定子
   雑 宝物なれば秘しておかまし 哲子
   月 月光を額に受けて安寝やすいせり c子
   秋 勲章のごとゐのこづちつけ 栄子

名オ 雑 縄文の土器の出づると人走る 八千代
   秋 錦木いたくゐやせるそのに さよ
   月 かぐや姫月に還ると装ひぬ 重俊
   秋 わらさ塩焼ささなど饗す 類子
   秋恋 さ男鹿は峰をへだてて呼ばひゐる 夏子
   恋 乱れし髪もやうやく整ふ 淑子
   恋 うたた寝のみじかき愛を惜しみけり 美子
   恋 ただいちにんにさし出す返歌 久惠
   神祇 墳の内四神にはかに息づきて 順一
   神祇 やとはれ巫女の初うひしさに さよ
   冬 近頃は暖冬つづき事のなし 重俊
   冬 冠雪まぶし蔵王のいただき 八千代
   雑 さくさくと菜を刻みゐる夜の厨 夏子
   雑 うそぶきにつつ妥協をしたり 栄子

名ウ 雑 けふはけふあすはあすとて朝風呂に 順一
   雑 色あたらしきくちべに選ぶ 淑子
   春 生まれしはお堀の柳北の国 栄子
   花 見渡す限り波のの花 夏子
   春 幾度も麦踏む親子行きもどる 定子
   春 山焼く煙ひたすら高く 類子
   雑 雲のはて翼を広ぐ覇者のごと 久惠
   雑 昂ぶり集ふこよひの宴 淑子


八千代 七 重俊 九 栄子 八 由朗 四 久惠 九 c子 七 順一 八
類子 九 哲子 六 夏子 九 美子 六 さよ 六 定子 五 淑子 七


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〈一首評〉
『波の輪』 桂 重俊歌集


 我が想い星なき夜の湖うみの面もに投げたる石の波の輪のなか

 小題〈波の輪〉として、たった一首のみおかれたこの歌は三十余年に及ぶ作歌歴の作者にとっての総ての想いをこめての一首であろうと思われる。この歌集においては寧ろ異質とも感じられるかなり抒情的で、且つもっとも短歌らしい短歌といえるかも知れない。真っ暗闇の夜の湖。湖面の沈静は人間を引き込むようにも、また拒否するようにもそこには、在る。一石を投じても拡がっていく波紋の中でしかないのか、また波紋の一筋一筋が桂氏の来し方の思いの水脈でもあろう。〈波の輸〉をもって歌集名として掲げたことに、著者の意思が自ずと表出されている。
 この歌集は全体的にはかなり特殊な多岐に亙っての素材を駆使した一巻となっている。物理学者としての専門用語、歴史上の人物へのアプローチ、醒めた視線、大学教授として学生との係わり、愛情、また環境問題に対する科学者としての視点などまことに多彩な内容を持つ。
 パソコンの壽命は五年このCD何時まで讀める「籠こもよみ籠もち」
 「戰なき世」と答えたる一人だになきアンケート「平和とは何」
 GOTOが智能の始めと教えたりいまGOTOは諸悪の根源

(丹治 久惠)



『生くる日』 原田夏子歌集


 ひつそりと樹下に拾ふ松笠の双手に余りこぼれゆくもの

 作者の第三歌集である『生くる日』はあとがきによれば、第一歌集にあたる若き日のうたである。
 この一首は「敗戦ののち」の小題の中の一首である。一冊を通して若がきはなく、いずれも完成度の高い作品であり、そして憂いに充ちた魅力をたたえているうたの数々である。
 敗戦という未曽有の状況、多くの日本人がただ混乱の中に右往左往している時代であった。「ひつそりと樹下に拾ふ」はさびしい心の表現である。双手にほしいものは、知性のある豊潤な社会であったのだろう。すべてのものが枯渇した中、松笠という自然のもの、しかし湿潤ではない実が、双手に余ってこぼれていく、限りなく求めている形而上的なものとの落差が、一首たくみに形づくられていて、時代を象徴している作品であると思う。この前に「感傷は乾ききりたる埃道音立てて舞ふ枯葉いく枚」という一首がある。表記の作品と同じように、埃道に音たてて舞う枯葉という淋しい情景がうたわれている。まだ若い作者が目にしてうたわざるを得ない時代とは、同じ時代を生きたものとして、しみじみとした感慨と共に、作者の深いかなしみを感じるのである。
 早春の思ひ心にふくらみて触るればかなし春の木の肌

(大和 類子)



穴山恭子さんを偲ぶ


 二〇〇八年一二月二六日、穴山さんは七九歳で急逝された。肺炎という。その一ヶ月前には病院でお誕生日を家族みんなで祝われたよし。
 穴山さんは山梨県塩山市のお生まれ、私も甲府生まれなので、同県人としても、また日本女子大学の国文科の同窓としても、よきおつき合いをさせて頂いた。私と違って大柄で、大方はご家庭にも恵まれ、家刀自いえとうじらしいゆったりとして落着いた風格のある方であった。数年前県の芸術協会主催の河南省の旅にご一緒し、同室ということもあって、夜もいろいろのお話を楽しんだことが忘れられない。
 また穴山さんは平成二年に窪田章一郎氏主宰の「まひる野」に入会、誌上に発表した歌を中心に『世よま増さりの橋』を刊行(平成一三年)されている。ご夫君が東北大学を退官後、八戸高専の校長となられたのに従って住んだ八戸の風物詠・生活詠からはじまる。全体として人生の哀歓を癖のない平明な表現で掬い、感じの良い歌集である。
 「世増よまさり」の木の橋はさびし水没を待ちつつ五月の風の中にあり
 米櫃に入れて熟せる百日柿食めば歯にしむ甲斐の霜夜が
 なにごとも終わりあるべし雨畑の硯きよめて水無月さみし
 上の歌の雨畑の硯は山梨県の特産である。穴山さんは細い線のきれいな書を書く方でもあった。私の歌を何枚も書いて下さった色紙を大切にしている。女性の平均寿命にも届かず逝かれたことが惜まれる。

(原田 夏子)




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前回以後の会の歩みは次の通りである。

歌話会の歩み
2009年 9月27日 『菅野哲子全歌集』合評会
  10月25日 歌会
  11月22日 北杜歌人XVIII号合評会
  12月5日 総会及び懇親会 於 銀禅
2010年 1月24日 歌会
  2月28日 熊谷淑子歌集『風光る』合評会
  3月28日 桂重俊歌集『波の輪』合評会
  4月25日 歌会
  5月6日 桂重俊歌集『波の輪』出版記念会
  5月23日 歌会
  6月27日〜28日 一泊連歌の会 於 松島かんぽの宿
  7月25日 歌会
  8月22日 原田夏子歌集『生くる日』合評会


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