雪 に 埋 も る る 有 路 八千代
凛々ときびしき寒さ頬を刺す空港めざす朝あけの道 洞爺湖の闇をぬひつつ花火師は小舟あやつりすばやき動き 閉ざされしままに春待つ山小屋の出で湯の流れ耳底にあり
い ぬ ふ ぐ り の 原 伍 井 さ よ
たむろ 屯して夏のはじめの雲ゆけば青雲といふわかきこころは 冬枯れし雑木林に風やみてゆふべあばらの骨透りゐむ 頬杖に遠く見てゐる春愁を寄る辺もあらぬわが短かうた
ほ の 白 き 毬 伊 藤 洋 子
蒲公英の絮ほの白き毬むすぶ 春闌けし野の夢幻空間 きら ぬばたまの夜の灯の羅列、高層の先端霧うドームホテルは ま とき 君在さぬ今生の季うるむ頃わが書架に有り『喪家の律』は
ひ る め送 迎 が 丘 遠 藤 幸 子
みわた ひるめ 斑鳩を俯瞰し太子佇ちにけむ送迎が丘を若葉風吹く 法隆寺を右に望み山に入る朱塗の橋に吸はるるごとく(霊山寺) 山の風身の内透り蒼く清し南無仏供養四方十遍
花 奈 落 香 川 潤 子
すい 御衣黄の錆 いろ深め衰みえて花奈落なし木のもとに敷く 木瓜の実の増悪めきたる固さもち古木ひしひし鬱を蓄う 登りきて薬草園の草生なか埋もれゆくか躬さえこころさえ
残 像 桂 重 俊
見出し読むのみに一編の小説か「離婚」「結婚」「再会」「対峙」 ある歌集 縁切坂下りし人の有縁坂上るとききぬ月は円かか ぬ 恣意的に五首を抄きとり伝記とす当たれりや否やわれは問わずも
藤 の 花 房 菅 野 哲 子
荒寥と極月の庭にさらされし藤棚の蔓くちなはとなる 壮んなりし日の亡夫藤の花房を手触りて賞でしこゑはまぼろし 花の色一入濃ゆき藤棚の風に零れて花むしろ敷く
或 る 日 小 松 久仁子
豪雨止み僅かに空が白むとき小鳥ら生の喜びに湧く 家々の燈火映して灯ともる川水は細きほど人に近づく 万歩計下げて夕暮れ歩みゆく前ゆく老いし人の歩巾に
島 山 坂 田 健
泊てをりし漁船 はすでに出港し晴れたる海に鴎群れ飛ぶ 作業員は鮫の胸鰭次つぎと切り取りゆける手つき素早し 緩やかに時の過ぎゆく島山に海のはたての見飽かざるなり
旅 二 つ 柴 田 康 子
五月晴リフトは更にもてなすか 躑躅 杉木立 山ざくらの廊 離陸なす轟音に溢れきたるもの傍への席にわがひとはなし しづかなる水のいくつが浮かめると一人を佇たせ昏るるあぢさゐ
大 湾 曲 島 田 幸 造
忘れゐし片目の暗さよみがへるエレベーターのボタン押すとき 朝八時水一斉に光りつつ噴水しかと水の面を叩く 雪の嵩とぼしくなりし毛越寺花しやうぶの畝のかすかにまろむ
夜 の 沖 へ 丹 治 久 惠
空耳にあの夏の日の底ごもる声がきこえるそれが最後の 発信はなされていたのかもしれぬ受信不能者たりしわれらに 白鯨となりしあなたにいつか遇はむその日までかがやく海があるなら
初 夏 の 旅 塔 原 武 夫
雪残し空に浮けるは月山と指さす声にふかみゆく旅 雪解水流れる川面に鴨居りて何をついばむ姿さびしも なたぎり 霧ながれ遠き山影あらわれぬ芭蕉の越えし山刀伐峠ぞ
O 町 界 隈 原 田 夏 子
豆腐屋の暖 簾をくぐる初つばめ胡麻豆腐一丁がんも三枚 うづたかき修理の鞄老店主己がこころも繕ひきれぬ ガラス かたし ショーケースの玻璃のくつは片足にていつまでも待つ待たねばならぬ
郭 公 本 木 定 子
網戸の先はさ庭の小花塀の向こうは人まれにゆく春の掛軸 くもり空の似合う郭公の姿なく声の波長の村つつみゆく 桜いろ持たぬ御衣黄さくら花もう逢えぬかとねもごろに拾う
蔵 王 山 麓 八乙女 由 朗
蕩々と孤声を挙ぐる鶯の居りて青根の森は豊けし 開拓に汗せし父祖は世を去りて伝えし耕土の広がりを見る よみ 父母の黄泉にとどけと鐘を撞く飛不動尊にひとり参りて
ブリッジミュージック 大 和 克 子
沖をゆくあの船 の錨地にたれかいて薔薇の花束つくるならずや うぐいすかほととぎすか紛らわし万緑の中なる鳥のとまどい 蝙蝠の飛ぶ夕まぐれきりきりと胸の尖りにささる父母
またも別れの 大 和 類 子
生き残りまたも別れの五月晴あの世があるを信じませうか 車道をば鶺鴒一羽白き胸あざやかに見せ飛びてしまひぬ やはん ききみみをたててもきこえぬかの世から声待つ夜半雷鳴ばかり