て ん ね   
天 衣 の 風
    
   伊 藤 洋 子
                       な
  勤行の鉦なり響きくおうんうおんうおん汝と吾の位置、久遠劫なる
    
  アルバムに封じし筈の幼子は羽化なし遂げて翔りゆくらし
    
  さみどりのユリノキの花揺らぐなり天衣のような風に吹かれて
    

     
青  葉  闇
    
   伍 井 さ よ
                     
  鬱金のまひるかなしき何神や影なく炎ゆる菜の花の領
                    かうべ
  万緑にひと日疲れし眼を洗ふ水辺にふかく首入れつつ
    
  頬杖の遠く見てゐむ春愁の寄る辺もなきにわがみじかうた
    

     
夏 椿 落 つ
    
   原 田 夏 子
                     
  摺鉢の縁より遠く飛ばされて胡麻のいくつぶ潜る草原
    
  怖ろしきものは人間かなしきもまた人間のひとりなるわれ
    
  戦ひに死せしものらの無念をば曳き摺りて逝く二十世紀は
    

     
神 話 消 ゆ
    
   塔 原 武 夫
                     
  地を踏みて生きる外なし蒲公英も羽虫もわれにも共に日は照る
    
  音もなく神話がいまし崩れゆく遺伝子操作の成りしを告げられ
    
  譬えなば人は癌やも地も水も毒に化しゆく意識あらずも
    

     
微 粒 の 花
    
   香 川 潤 子
  つ ゆ       くた
  梅雨の雨に散らず腐せし白薔薇のくるしきさまも恕さるるべし
    
  若葉合歓いまだ幼く柔らかし死までの経緯風は語らん
        ほ や
  浜育ちの夫が海鞘を旨しとし粗塩をふりしのみにて食す
    

     
『一心万宝』
    
   桂   重 俊
  
  借着などあらばあるべし私語ひとつなき空間を学長式辞
    
  汚職なす官僚ならず日本の将来はこの若人が負う
      
  四大の竣りて発展的解消 東北科学技術短大
    

     
健 康 寿 命
    
   菅 野 哲 子
  
  ヤングオールドと呼ばれる世代無料パス定義詣りのバスは賑はふ
    
  血圧に血糖値にと一憂の六月の風みどりそよがす
                           、 、
  七十五歳以上をオールドオールドと賜へよ自在自由なるとき
    

     
みづあさみどり
    
   丹 治 久 恵
            さや
  薄明にさしのぶる手に触りたりし人肌は記憶にあはく溶けゐて
    
  朝露の重きをまとひやうやうに浮きゐるごとし低く白蝶
        
  昨日より今日のみどりは少し濃く幼の言葉ふたつ増えをり
    

     
黒  装  束
    
   八乙女 由 朗
     
  火葬場に見たる涙の幾そたび暗さを追うてわがしごとある
    
  猛暑よけて朝夕のみの草取りは作業捗らずされど行う
        
  一羽なるカナリヤに寺の留守居させ出でて来たりぬ人は知るまじ
    

     
ま た 訃 報 が
    
   大 和 類 子
     
  藪椿紅き花首一瞬に落つるはさだめまた訃報聞く
    
  駈け逝きし誰を呼ばふか熊笹の茂みに夕陽しばしとどまる
        
  みやげなる琉球硝子の海のいろはるか潮騒痛く聴くなり
    

     
碗のそらまめ
    
   大 和 克 子
                    もののふ
  少年といえど肉弾相撃ちしはるけき武士の裔かもしれず
    
  紫陽花を剪ると爪先に力込むいかんともしがたし訃報あいつぎ
        
  ようやくに私自身になれましたなどというかもしれぬ終の日
    

     
み ど り の 桜
    
   小 松 久仁子
        
  御衣黄桜咲けるニュースに飛び乗りし快速船は波蹴りてゆく
          ふ  ね
  この島に近づく連絡船のドラの音のきこゆる樹間のをぐらきに佇つ
        
  島山に春早や過ぎむと思ふころ「緑の桜」と出会ひを果たす
    

     
春 を 坐 り て
    
   遠 藤 幸 子
          うみ
  濃茶点つ円相の湖の蒼遠き世も斯く春を坐りき
         
  洗心の扁額すがし凌雲師もこの心もちて書誌を成されし
 きゅうおん
  蚯音にしらね葵が語り出づ刻たまゆらぞこころ遊べと (薄茶席)
    

     
故 里 の 道
    
   有 路 八千代
          
  散る葉とて今はあらざり声あげて誰れを呼ばむか裏山に出て
         
  雪に消えし人を追ふごとひたひたとその足跡をたどりつつゆく
       
  ひたすらに生きしも夢か廃屋の跡に赤々曼珠沙華咲く
    

     
黒    猫
    
   渥 美 佳 子
          
  語れざるまた語らざることありて黒猫を抱く闇夜に深く
         
  わが内の闇暴くごと探るごとその目はポーの黒猫となる
       
  禽獣の矜持を抱きて帰り来よ獲物を咥え血を滴らせ
    

     
朝ののどけさ
    
   坂 田   健
          
  宇治川の鉄橋過ぎぬ愛に惑ひし少女のあはれ入水のはなし
         
  写真より阿修羅の像の黒ずめどまさしく惹かれ来し哀愁の面輪
       
  哀しみの大伯皇女の歌に残る二上山は霧のなかなる
    

     
こ    ゑ
    
   柴 田 康 子
         しづ
  白牡丹 薔薇に閑けき五月晴空の奥処の病みてはゐぬか
         
  こしかたはゆめにか似つつみづからを金に染めなす一樹二樹あり
            らい
  とどろとどろと長居の雷よ去る時は天上大風地にみやげせよ
    

     
花いちもんめ
    
   本 木 定 子
        
  血圧を測るごとくにさびしさをはかる計器のなきをよしとす
         
  ひとときの時雨は触媒枯れ芝をぬくき赤みに染めてゆきたり
           
  二時間の源氏の講義窓の外は古代の雪か降りはじめたり
    

  


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